Beerhouse³ 営業日誌

ものづくりの街、新潟県三条市でビール屋やってます

まるでビールじゃないみたいなビール

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 どうも。新潟県三条市の中心部、「本寺小路」でクラフトビールを中心とした飲食店「Beerhouse3」を、とりあえず何とか営業しております店主いけのです。

 

 珍しくビールの話。

 

 なにしろ、たかだか人口10万人の街でクラフトビールとかを扱っていると、うちの店で初めてクラフトビール、あるいは初めて大手のペールラガー以外のビールを飲んだ、という方も、結構、お会いします。

 酵母の発酵感、モルトの焙煎度合い、大麦以外の穀類といった違いもありますが、大手のペールラガーとの違いが分かりやすのは、やはりホップの効いたビールのようで。

 

 当店では、苦みよりも、柑橘類のような香りを強調したビールを扱う場合が多く、それを飲んだ方から、

 

 「これ、本当にビール? ビールじゃないみたい」

 

という声をいただくことも、たまにあります。

 

 ところが、ですねぇ。

 

 まあ、ウチで普段、出しているようなビールですら、ビールっぽくないと言われるようでは、到底、ビールの範疇からはみ出ていくようなビールが、世の中にはあるのですね。

 

 

 具体的なところでは、酸っぱいビールとか。

 劣化したわけではなくて、意図的に酸味を、きちんとコントロールして作り出したビール。

 

 実際には、ビールを作り出す(狭義の)酵母の働きが、まだよく解明されていなかった頃に、さまざまな菌類を使って醸造せざるを得なかった時代のビールをおいしくするための技術・技法が一部の地域で継承され、さらに現代のクラフトビールの流れの中で、再度、光を当てられている、といったところ…なんでしょうかね。

 

 乳酸発酵も使ったビールとかもあるのですが、さらに代表的な菌類が、ブレタノマイセス属*1

 1900年代の初頭にオランダのカールスバーグ研究所でイギリスのビールを研究している際に見つけられた酵母の一種で、「ブリテン島の菌類」という意味で「ブレタノマイセス」と名付けられたようです。

 が、「イギリスの」という名前とは裏腹に実際には、いわゆる狭義の酵母(サッカロマイセス属*2)と並んで全世界で観察される一般的な酵母らしいです。特に、果物の皮に住み着いているのだとか。 

 人類が元々、完熟した果実を食べるためにアルコール耐性を身に着けた可能性を考えれば、実は、とても身近な酵母、と言えるのかもしれません。

 

beerhousecubed.hatenablog.com

 

 ブレタノマイセスが生み出す香りは、馬小屋や汗、バンドエイド、などに例えられ、ワインでもビールでも、一般には「オフ・フレイバー」、好ましくない風味と考えられています。

 その一方で、これを意図的にコントロールすることで、生みだすビールもある。

 

 名前は「ブレタノ」なのですが、伝統的なビールとしては、ベルギーのブリュッセル近郊でつくられる「ランビック」などが挙げられます。

 ベルギーのランビックは、伝統的な醸造方法では、醸造所の窓を開け放して空気中の酵母をフタのない、プールのような発酵槽に取り込むことで発酵させるらしいです。もちろん、空気中の酵母なので、ブレタノマイセスだけではなく、通常のサッカロマイセスを含め、さまざまな菌類がそれぞれ独特の風味を醸し出すらしいのですが。

 ブリュッセル近郊でブレタノイマセスが優勢なのは、かつて果樹栽培が盛んだったためのようですが、この百年くらいで果樹園が大幅に減少したため、今では古くから続く醸造所の建物内に住み着いた菌が重要となっており、伝統的な醸造法では古い建物じゃないと難しい、という話が「発酵の技法」で紹介されていました。

 

発酵の技法 ―世界の発酵食品と発酵文化の探求 (Make:Japan Books)

発酵の技法 ―世界の発酵食品と発酵文化の探求 (Make:Japan Books)

 

 

 名前が長いので「ブレット」と略される、これらの酵母を空気から取り込むのではなく、採取・培養して、きちんと管理した下で発酵することも、クラフトビールの世界では、いくつかの醸造所で熱心に行わています。

 

 また、木樽で熟成をかけた場合にも、クローヴやバニラのような木材の風味に加えて、ブレタノマイセスによる風味がつくようです。

 

 さらに、香り以外の要素として、一般的なビール醸造では、大麦麦芽の糖分の一部が酵母に分解されずに甘味として残ってしまうのですが、ブレタノマイセスはこれらの糖分も分解できるんだそうです。結果、アルコール度数が上がり、甘さを抑えられる。

 

 あと、ランビックでも果物を漬け込むビールが多くあり、これは元々、果樹地帯で飲まれてきた、という背景もあるのかもしれませんが、クラフト系のブレット・ビールでも、果物を漬け込むケースが多いような印象があります。

 味の面では、糖分が発酵されてドライで、かつ酸味が効いたビールの風味をやわらげるのに、果物の甘酸っぱさが相性がいい、とかってことなんでしょうか。あるいは、これらの果物の皮に付いたブレタノマイセスによる発酵も期待したものなのか。

 

 まあ、自分自身まだまだ、そういうビールを飲む機会が少なくて、なかなか情報も少なく、上手く説明できないのですが、そのうちウチの店でもこういうビールも紹介できればいいな、と思う次第。

*1:菌類の名称はラテン語の学名しかないものが多く、カナで読むときにどう書くか迷うのですが、クラフトビールはアメリカ中心で発展していることから英語風の読み方が一般的なようです。ラテン語風に読むなら、ブレタノミケス、ですかね

*2:ラテン語風なら、サッカロミケス