Beerhouse3営業日誌

ものづくりの街、新潟県三条市でビール屋はじめました

レイ・クロックほか「成功はゴミ箱の中に」を読むvol.1

 どうも。新潟県三条市の中心部、「本寺小路」でクラフトビールを中心とした飲食店「Beerhouse3」を、とりあえず何とか営業しております店主いけのです。

 

 読んだ本の感想は定期的に上げていきたい内容の1つなのですが、そもそも本を読むペースが遅く、時間をコンスタントに確保できてません。なんとかもう少しペースを上げていきたいところ。

 

 で、今日の本はこちら。 例によって、細切れで行きます。今日は第6章まで。

成功はゴミ箱の中に レイ・クロック自伝―世界一、億万長者を生んだ男 マクドナルド創業者 (PRESIDENT BOOKS)

成功はゴミ箱の中に レイ・クロック自伝―世界一、億万長者を生んだ男 マクドナルド創業者 (PRESIDENT BOOKS)

 

 

 世界で最も成功したファストフード・チェーン、そしてフランチャイズ・チェーンと言えば、マクドナルドで、マクドナルドの経営モデル自体は、数多く研究されているのですが、マクドナルドの創業者は、あまり知られていないと思うんですよね。

 

 マクドナルドの創業者はマクドナルドさん…と思えば、確かにカリフォルニアでハンバーガー店を立ち上げたのは、マックとディックのマクドナルド兄弟なのですが、この2人は多店舗展開にはそれほど興味がなく、それをマクドナルドに提案し、自ら買って出て成功させたのが、本書の著者、レイ・クロック、その人です。

 副題は、その名も「世界一、億万長者を生んだ男」。

 

 今日触れる6章までの内容は、彼の前半生とマクドナルドとの契約に至るまで。

 

 実は、1902年生まれのレイ・クロックがマクドナルドと出会ったのは1954年、52才のとき。遅咲きの起業家。

 

 クロックはまず20代の頃、当時普及しはじめた紙コップの営業として長いキャリアを積みます。1910年代の禁酒法以後、アメリカではアイスクリーム業界が賑わい(冷蔵・冷凍設備の普及もあるのでしょうが)、グラスに代わって洗浄も不要でテイクアウトもできる紙コップの需要が伸びたらしい。

 その紙コップ営業の中で取引先の飲食業者がシェイク用のミキサーを開発し、今度はそのミキサー販売を手掛けます。

 そして、そのミキサーの注文が殺到したとき、顧客が決まって同じセリフを口にしたといいます。

 

 「カリフォルニアのサンバーナーディノでマクドナルド兄弟が使っているのと同じマルチミキサーを一台売ってくれよ」

 

 

 こうしてマクドナルドに興味を持ったクロックは、直接店舗を見に行き、その秀逸さに驚愕して、兄弟に多店舗展開を提案します。この店が増えれば、マルチミキサーが売れる。

 しかし、兄弟の答えはクロックの意表をつくものでした。

 

 「(略)幸せを実感しているんですよ。これ以上、何を望むというのかね? 私たちは、いま十分に満足しているし、これ以上、何も欲しくはないのさ。」

 

 

 こうしてクロックは自分でマクドナルドの多店舗展開を自分で手掛けることになります。

 

 本書のもう少し後ろでクロック本人が語るように

 

 (略)私の長年にわたるペーパーカップとマルチミキサーのセールスマンとしての経験が役立った。人々は、私がマクドナルド経営を52歳という年齢で始めたにもかかわらず、瞬く間に成功を収めたことに驚嘆するが、実際にはショービジネス界の人々のように、そこにたどり着くまで30年もの長い下積み生活があったのである。

 

 

 マクドナルドの成功の秘訣は、本書でもいくつか指摘されています。

 20世紀中葉の都市化・郊外化の時代にあって、ロードサイドのドライブイン式のレストランが普及する中、席数の限界を解消するため、テイクアウト中心のスタイルを構築したこと。

 サービスとメニューを絞り、効率を上げ、プロセスを簡素にすることで、品質管理を徹底したこと。

 

 これらは、20世紀という時代があったからこそ成功した部分も大いにあるでしょう。化学肥料の普及による食糧増産、人口増加と都市化、自動車化による人とモノの移動の変化、冷蔵・冷凍技術による食品流通の変化など。

 

 一方で、本書でもたびたび繰り返されるクロックのセールスマンとしての事業哲学には、色々と興味深く現代でも通じる点が数多くあるように思います。

 その際たるものは、マクドナルド兄弟に多店舗化を断られた際に、自分で引き受けた点に尽きるのでしょうが。

 

 7章からは、いよいよマクドナルド兄弟に代わってクロックが、品質管理の徹底を基軸として多店舗化に踏み出します…けど、読んで感想を書くのはいつになるか…。