Beerhouse3営業日誌

ものづくりの街、新潟県三条市でビール屋はじめました

結果だけでなく過程も売れる時代がくるのか

 どうも。新潟県三条市の中心部、「本寺小路」でクラフトビールを中心とした飲食店「Beerhouse³」を、とりあえず何とか営業しております店主いけのです。

 

 Twitter上でときどき興味深い発言をしている、けんすうさんが先日、「プロセス・エコノミー」という提案をしていました。

 ちなみに、自分は直接、フォローはしておらず、フォロイーからのRTとかで時々回ってきて読むくらいの認知度です。今回もその流れ。

 

kensuu.com

 

 プログラミングや、イラストのような創作系コンテンツを念頭においているようだけど、タイトルのとおり、仕上がった作品だけを売ってマネタイズするのは難しく、仕上げる途中の過程も売り物になるのではないか(たとえば、アイドルのオーディション番組のように)という提案。

 

 いわく、インターネットの普及により、料理のレシピや、楽器の弾き方など、あらゆる技法が公開され、共有される時代に、モノの品質は全体的に底上げされており、どれを買ってもそれなりに満足できる時代になった。

 また、インターネットの普及により、優れたモノの情報はすぐさま共有されるので、クオリティが低くては生き残れない時代になった。

 

 何を買ってもそこそこ満足できる時代なので、最終的な商品の品質では差別化が難しい。

 

 となると、どこで差別化するかと言えば、商品をつくる上での過程。それが商品の付加価値になるだけではなく、ライヴ配信などを通じて、つくる過程そのものが売上になるのではないか、という提案。

 

 

 まあ、確かに、これからの商売の手法について、選択肢の1つとして、視野に入れておいてもいいのかな、とは思いました。

 

 実際、自分が以前に関わっていたような伝統工芸の世界では、工業化された廉価な製品と、伝統的な手仕事の製品とで、大きな価格の差を、品質の説明だけでは伝えることが難しく、製造工程や、工程以前の仕事に対する姿勢、哲学みたいなものを積極的に前に出していく、ということは何年も前から行われています。

 自分が立ち上げに関わった「工場の祭典」という工場見学イベントも、そういう側面がありますし。

 

 ここで、けんすうさんが提案しているのは、さらに一歩踏み込んで、これを製品の付加価値にするだけでなく、その過程そのものを収益化できないか、という話ですね。

 まあ、鍛冶道場での鍛冶体験とかは、それに近いかもしれません。収益性で言うと、あの事業も、あくまでもPR的な側面が強く、かなり割安な価格設定になっていますが。

 

 

 ただ、当時、鍛冶道場の事業を収益化すべきか、という議論も随分したのですが、過程を人に見せて収益化することで、商品がより良いものになるか、と言うと、それは、つくる人間個人の性格だとか資質、あるいは、つくるもののジャンルによって、功罪両面あるのだろう、と思います。

 

 たとえば、つくるプロだけが分かっている難しさを、素人に分かりやすく伝えることは重要なのですが、目の前の観客を意識しすぎて、「受け」を狙った結果、手段と目的とが入れ替わって、素人に分かりやすく伝わりやすい、アピールしやすい方に流れてしまって、品質や内容を犠牲にする、という状況は容易に想像できます。

 

 となると、人に見せる前の段階で、観客との対面の中でブレることがないよう、そもそも、自分がどういうモノを作りたいか、というコンセプト、信念みたいなものを確立させることが、より重要なんですかねぇ、と思う訳です。

 

 もちろん、その一方で、連載小説やライヴ音楽のように、観客からの反応によって臨機応変に変えていく、観客と作り手とが真に一体となって、ものを作っていく、という世界も選択肢としてありうる、と思うのですが。

 

 

 なので、あくまで選択肢として、ひょっとしたら換金できるかもしれない、と考えることは重要で、同時に、それは自分が目指す世界に矛盾しないのか、も考える必要がありそうです。

 

 

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