Beerhouse³ 営業日誌

ものづくりの街、新潟県三条市でビール屋やってます

エールって何ですか?という話

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写真素材 足成:パブ2

 

 どうも。新潟県三条市の中心部、「本寺小路」でクラフトビールを中心とした飲食店「Beerhouse3」を、とりあえず何とか営業しております店主いけのです。

 

 たまにはビールの話も書きます。なんたってビール屋ですから。一応。

 

 で、たまにお客様に訊かれる質問、「ビールの名前によくあるエールって何?」という話。

 

 ちなみにダジャレ好きの皆様に一応、釘を刺しておくと、スポーツの応援は、「Yell」で、これから話をするのは、「Ale」です。

 

 それでは、ここで1曲、1983年発表、ビリー・アイドルの「Rebel Yell」(放題:反逆のアイドル)からタイトル・トラックを。


Billy Idol - Rebel Yell

 

 本題。

 

 エールとは何かの答えは、今のクラフトビール・シーンにおける定義と、その背景となる歴史的意味とで2通りの回答がありうると思う次第。

 

 クラフトビール的な答えは、

 「一般に飲まれているビール(エールに対して「ラガー」と呼ぶ)とは、違う種類の酵母醸造したビール」

って感じじゃないでしょうか*1

 

 ラガー酵母は学名、サッカロミケス・パストゥリアヌス*2*3、エール酵母は、サッカロミケス・ケレウィシエ*4と言います。

 エール酵母は、伝統的な醸造スタイルでは、発酵が始まると液面付近に浮き上がってくるので発酵終了後、上側から除去していたそうで、エール酵母による発酵を「上面発酵」、それに対して底に沈んでいくので下側から除去していたラガー酵母を使うのは「下面発酵」とも言います。

 今は、酵母の種類が違うのだ、ということが分かって、どちらの酵母を使う場合でも通常、除去方法も違わないようですが。

 

 むしろ大きな違いは発酵温度帯で、エール酵母は、20度前後、ヨーロッパの平均気温で活発に活動するのに対し、ラガー酵母はもっと低い温度で活動し、さらに発酵後に貯蔵熟成されます。ラガーってのは、ドイツ語で「貯蔵」って意味らしいです。

 南ドイツ・バイエルンでは夏の間のビール醸造が(腐敗防止のために)禁止されていたので冬に活動する酵母が必要だった訳です*5

 一般に、エール酵母だと、豊かな香りで炭酸が弱めのものが多く、ラガーは、すっきりした味わいになる、と言われていますが、これが活動温度帯の違いによるものなのか、酵母そのものの特性なのかは、いけのは現状、まだそこまで勉強が追い付いてません。ラガー酵母を高い温度で発酵させたビールとか、エール酵母を発酵後、低温で長期熟成させるビールともあるんですが。

 

 とりあえず、クラフトビールの世界では大手の(特にアメリカ大手の)すっきりしたビールに対して、「ちゃんと味がするビール」ってのが差別化要因となるので、どうしてもエールの方が活況を呈しているところです。

 

 以上が、現代のクラフトビールのシーンにおける、エール(対義語はラガー)の説明。

 

 一方、英語の歴史的には、もうちょい違う説明もあって、英語辞書とかだとこっちが書いてあったりするから、ややこしい。

 歴史的な「エール」の対義語は「ビール」ですね。

 昔、イギリスではビールのことを全て「エール」と呼んでいた、エールとはビールの古い呼び方である、という話。

 古英語にも、ゲルマン語のビールに由来する単語もあるようなんですが、それは必ずしも大麦麦芽を発酵させた泡の出る飲み物を指しておらず、そういう飲み物はすべてエールと呼んでいたようです。

 

 で、16世紀くらいに低地地方(オランダ、ベルギー)から現代ドイツ語の「Bier」に対応する言葉が英語にもたらされる。なので、当時は、昔から飲んでいるビール=エールに対して、ヨーロッパから持ち込まれた新しいビール、という意味だったらしいです。

 ヨーロッパから来た新しい飲み物の特徴は、ホップの使用にあったとか。てことで、本によっては、エールを「ホップを使っていない(ホップが弱い)ビール」と説明していたりします。

 

 ところが、やがてイギリスでもホップの利用が当たり前になると、ビールという呼称が一般化して、徐々にエールというのが(今では珍しい)「昔ながらのビール」を指す言葉になっていくようです。

 あるいは、ビールと同じものだけど、古風な表現。うまいタトエを思いつきませんけど、レインコートと雨合羽、みたいな。違うか。

 

 さらに、19世紀になって、冷蔵技術、輸送技術の高まりとともに、ラガーの中でも、いわゆるピルスナーと呼ばれるタイプのビールが、イギリスにも持ち込まれて、爆発的に広がった結果、一般的なビール=ラガーに対して、(今では珍しい)「昔ながらのビール」=「上面発酵のビール」=エール、という区別になっているようです。

 

 こっちの歴史的なエールの指す飲み物の変遷は、本当は、Oxford English Dictionaryとかで調べれば書いてありそうなんで、ちゃんと確認したいんですけど、地方にいると市立図書館になんかもちろん置いてないので…。新潟市内まで出れば県立図書館か大学図書館にはさすがにあるんだろうけども…。

 

 と言うか、実はここまでほぼ文献参照せずに、記憶を頼りに書いているので、勘違いして覚えてたりしたら、すげー恥ずかしいんですが、誤謬がありましたら指摘いただけると助かります。

 

 でわでわ。

 

*1:ブレタノミケス属とかは今は置いといて

*2:クラフトビールはアメリカ由来の現象なので英語風にサッカロマイセスとか読むことも多いんですが、一応、理系なんでラテン語読みで

*3:ラガー酵母の種小名は、ウルワヌス、カルルスベルゲンシスと記す文献もあって、実はそれより早く特定されてた酵母と同じものと判明し、古い論文での名称が復活採用されています。由来はもちろん、発酵学の太祖、ルイ・パストゥール。

*4:ケレウィシエはラテン語でビールのことですが、実は最も一般的な酵母で、日本酒、ワイン、パンと同じらしいです。もちろん種より下位のDNAレベルでそれぞれ使い分けられるらしいですが

*5:ちなみにラガー酵母の原種らしきものは、チベットとアルゼンチンで発見されているそうで、モンゴル人と大航海時代、どちらがヨーロッパに持ち込んだかは不明とのこと