どうも。新潟県三条市の中心部、「本寺小路」でクラフトビールを中心とした飲食店「Beerhouse³」を、とりあえず何とか営業しております店主いけのです。
こないだTwitterで、昔のヨーロッパでは安全な水が手に入れづらかったので、水を煮沸して作ったビールの方が安全で水代わりに飲んでた、みたいな話がまあまあバズってました。
うん、まあ、それはそうなんだけど、説明が雑だなあ、と。
で、その人、最近、たまにバズってるのを見るんだけど、知識の幅は広いものの、全部、その人の専門分野って感じがしなくて、どっかで聞きかじった面白そうな話を、自分なりに雑に理解して面白おかしく話してるだけな印象なんですよね。
なので、元ツイは引用しない。
この手の人らは、あまり好きではない。たとえばオリラジ中田とか、ひろゆきとか、大阪の橋下とか、影響力があるワリにノリで適当なことを言って*1、しばしば、誤解を広げても修正しない人たち。
信じたい人は信じてついていけばいいと思いますけど。
ただ、今回の場合は一応、元ネタをツイートしてたので、YouTubeで見て来ました。
それがディカバリー・チャンネルの「How Beer Saved The World」。いかにしてビールは世界を救ったか。単にビールの歴史ではなく、人類のビールづくりへの情熱がさまざまなイノベーションを生んで、人類全体の生活改善に寄与してきた、という内容。
アップされてる動画の権利関係は不明*2。
音声は英語で、字幕も自動の英語字幕しか出ませんが、まあ、わりと聞き取りやすい。それでも細かいところを聞き取れていないかもですが。
内容は各テーマ、それぞれ掘り下げて1時間番組を作れそうな内容をぎゅっと圧縮して全部で45分*3。なので、この元の番組自体が結構、雑っちゃ雑。しかも、テレビはそういうものと言ってしまえばそうだけど、わりとライトな視聴者向けに軽いノリでマトメている。
まあ、ここから興味を持った人が掘り下げてくれればいいかな、という感じですが。
取り上げられていた内容は、
- 人類が定住/農耕を始めたのはビールをもっと作るため
- 人類が文字を生んだのは、ビールの記録のため
- 古代エジプトでは給料代わりの栄養ドリンクとしてビールが提供された
- 医薬品としてビールが処方されていた可能性もある
- 衛生的な水分補給のビール
- 修道院ビール
- 資本主義の発達とビール
- アメリカ開拓史、独立戦争とビール
- ルイ・パストゥールによる酵母の発見
- リンデによる冷蔵技術の発明
- アメリカで最初の規格大量生産の自動化ラインはビール瓶
人類が定住/農耕を始めたのはビールをもっと作るため
水代わりの話よりは、こっちの方が広く知られるべきだと思うんですが、定住し農耕を始めたからビールを作れるようになったのではなく、ビールの安定生産のために放浪をヤメて定住を始めた、という話。
まあ、人類とビールの出会いについては、まだ研究段階で諸説あって、パンづくりが先か、ビールづくりが先か、ビールとミード(蜂蜜酒)どちらが先かとかは判然としないところです。定住前にパンを造るようになってパンからビールを造って、効率化のために定住、とかの可能性もあり。発酵してビールになるには時間がかかるので、一か所に留まるメリットはある。
メソポタミア上流、シリア国境に近いトルコのギョベクリ・テペ遺跡なんかが人類最初期の定住の痕跡として調査が行われていますが、その辺の話は前にナショジオで読んだ感想をちょこっと書きました。
人類が文字を生んだのは、ビールの記録のため
これは話を面白くするために拡大解釈しすぎじゃないかと思います。
人類の文字使用の起源については、だいたい独自に文字を持ったほとんどの地域で共通して、商取引や徴税といった数字の記録から始まっているようです。
で、メソポタミアの楔形文字については、その記録品の中にビールの記録も含まれている、という程度じゃないですかね。初耳の話で、初期の楔形文字について詳しく調べたことないけど。
古代エジプトでは給料代わりの栄養ドリンクとしてビールが提供された
ピラミッド建設の従事者に給料としてビールが配られていたって話は結構、有名…だと思うんですけど、安全な水分の他、糖質、アミノ酸の摂取にも効率が良かった、という話。
医薬品としてビールが処方されていた可能性もある
エジプトのミイラを分析したところ、20世紀に抗菌剤として発明された成分が発見された。2000年以上前に彼らはどうやったそれを手に入れたのか。どうやらビール醸造の際に、自然発生する成分であるらしい、という研究の紹介。
まあ、昔の病気って大抵が栄養失調だった可能性もあり、上の労働者のための飲み物と同様、滋養強壮剤としてビールが飲まれていた可能性はありますよね。
衛生的な水分補給のビール
今回の本題。アヒルが泳いでいる池から水を汲んできて雑菌の繁殖を確認した後、実験室で中世のビールづくりの手法に倣ってビールを造ったら雑菌がちゃんと消えていた、という。
まあ、でも、池の水を汲んでくるところ以外は、マッシングやボイリングの工程で死滅するのか、発酵過程で酵母との生存競争に敗れて駆逐されるのか、とかのビールがなぜ滅菌されるかの詳しい説明はなし。あと、水より安全というなら、静置しておいたビールは再度腐敗しないか、とかの分析も必要ではないか。
ちなみに中世だと、金属釜の入手が困難で直火に掛けられず、水を張った木樽に焼いた石を入れて加熱してたので十分沸騰できず、マッシングは出来ても、ボイリングはしない醸造方法もわりと普通にあったっぽい。中世、というか北欧や東欧の伝統的な自家醸造では現存してるらしくて、煮沸しないエール、Raw Ale(≒生ビール)と呼ばれていたりする。
ついでに、現代日本の「生ビール」は後述の19世紀の酵母の発見により、発酵終了後に酵母を加熱殺菌するのが一般化したのに対して、1980年代くらいから大手ビールは濾過して酵母除去するか、あるいは酵母入れっぱなしのもの。昔は大量消費可能な飲食店の樽ビール以外は加熱殺菌してたので、生=飲食店の樽のビール、と思われがち。
修道院ビール
これも、中世から前近代の教会でビールを造っていたんだけど、どうして教会や修道院でビールを造るようになったかって話は特にせず(当時のヨーロッパの地方都市で中央との知識や技術のつながりを持つハブとして教会が機能していたから)、信心からではなく、礼拝後に振舞われるビール目当てで教会に行ったヤツらもいたかもね、という、まあ、これも軽めの紹介。
資本主義の発達とビール
ビールづくりに関する知識を教会が独占していたけど、やがて民間に開放され、資本主義の礎となった、という、これもあんまり根拠の説明がなく、さらっとした話(この辺、英語が聞き取れてないだけだったら、すみません)。
そもそも、ビールは地中海世界では一度製造が廃れた後も、北方系の民族が脈々と技術継承してた訳で、むしろ地中海発の宗教であるキリスト教会が後からビールを取り入れたハズだし、イギリスとかは産業革命による都市化、工業化までは、自家醸造が中心ですよね。
アメリカ開拓史、独立戦争とビール
初期にヨーロッパから渡ってきた移民たちの航海中、およびアメリカ上陸後の水分と栄養補給の上でもビールは大事だった、という再び滋養強壮剤としてのビールの話と、植民地時代のタヴァーンが、住民たちの集会所として機能しており、独立戦争のための議論の場となった、という話。
ディスカヴァリー・チャンネルだから仕方ないけど、いわゆる「サード・プレイス」としてのドイツのビアホール、イギリスのパブリック・ハウスについての言及はなく、これも本来はもっと長い時間を掛けられる話。
そもそもメソポタミアでもハムラビ法典でビール屋での謀議を禁止している、という話もなし。
ついでに、アメリカ独立戦争といえば、独立宣言に参加した政治家にして雷の研究でも知られるベンジャミン・フランクリンがビールの自家醸造をやってた話も結構、有名だけど、これも触れられず。
ルイ・パストゥールによる酵母の発見
まあ、これも農耕の起源と同様、もっと広く知られていい話で、ルイ・パストゥールは病原菌の研究をしていて酵母を見つけた訳ではなく、ビールを研究していて発酵や腐敗は酵母という生物の活動であることを発見し、そこから病原菌に至った、という話。
ちなみに、世界で最初に酵母の、つまり細菌の単離と培養に成功したエミール・ハンセンはカールスバーグの社員、なんだけど、その話はなし。
ビール会社としては、ミラーとクアーズだけが*4出てきたけど、スポンサーの関係とかなんでしょうか。
リンデによる冷蔵技術の発明
これももっと広く知られていい話で、それまで冬の間に氷雪を貯蔵しておくしかなかった冷蔵の仕組みを、人工的に安定して冷蔵できるようにしたのはビール会社。
バイエルンのビール純粋令は材料(大麦麦芽、ホップ、酵母、水のみ)の部分だけ注目されがちですが、同じ法律で夏の醸造が制限されていたため、冬の低温で活性化する酵母が自然に選別され(いわゆるラガー酵母)、発酵後の熟成も低温で長期間、行うようになった。
で、冬季の醸造に特化してきたため、醸造期間の制限がなくなった後も、夏の高温下では醸造が上手くいかなった。そこで、シュパーテン醸造所のゼードルマイヤーがミュンヘン工科大のカール・フォン・リンデに依頼して生まれたのが世界最初の冷蔵装置。
なお、ゼードルマイヤーは当時イギリスで流行ってたペールエールを研究したりして、ミュンヘンのラガービールの発展に貢献してたりするけど、名前すら出ず。今、シュパーテンがレーベンブロイごと買われてABインベブの傘下だから…?
ちなみに、リンデの弟子で熱力学を研究してたのがルドルフ・ディーゼル。ディーゼル・エンジンのディーゼル。冷蔵庫とエンジンは基本的に同じ原理なので(雑な説明)。こちらも名前すら出ず。
ついでに、リンデはもう1個、ビール関係で業績があって、アイルランドのギネス社(あのギネス!)に呼ばれて、二酸化炭素の製造装置も開発している。ビールに人工的に二酸化炭素を添加するための仕組み。ここから発展してリンデは酸素や窒素の液化も実現。で、リンデの会社は、今もガス製造会社として存続。この辺の話も出ず。
アメリカで最初の規格大量生産の自動化ラインはビール瓶
これはよく分からん話。アメリカにおける産業革命として、20世紀初頭のT型フォードによる規格大量生産の実現で熟練工が不要になった、というのは有名だけど、実はその10年前にビール用のガラスビン製造の自動化ラインが発明されていたよ、という話。
ビールの歴史の中でガラスの大量生産は、保存容器としても、飲むための道具としても重要だとは思うんだけども、19世紀のドイツとかボヘミア(チェコ)とかの状況を知りたいところ。
そもそも産業革命とビールでいえば、イギリスにおけるポーター、そしてペールエールの登場とかの話も掘り下げてほしいところだし。それは前述の資本主義うんぬんとも絡むんだろけど。
最後に古代研究者の人が出てきて、人類の歴史は2千年前のBCとADで区切られているが、1万年前のBBとABで区切られるべき、Before BeerとAfter Beerだ、という言葉を紹介して番組終わり。
ヘッダの写真はPixabayで拾ってきたオルヴァル修道院。いわゆるトラピストビールを現在も作ってる修道院の1つ(が、たまたまそれっぽい検索ワードで出てきた)。