Beerhouse³ 営業日誌

ものづくりの街、新潟県三条市でビール屋やってます

モレッティ「年収は『住むところ』で決まる」を読む vol.2

  どうも。新潟県三条市の中心部、「本寺小路」でクラフトビールを中心とした飲食店「Beerhouse3」を、とりあえず何とか営業しております店主いけのです。

 

 ちょいちょい本を読んで、その内容を興味ある方と共有できていければ、という企画の1冊目、エンリコ・モレッティ「年収は『住むところ』で決まる 雇用とイノベーションの都市経済学」、原題は「The New Geography of Jobs」の、第2回です。

 

 

 前回第1回はこちらから。

beerhousecubed.hatenablog.com

 

 グローバル化と技術革新の進展で、従来型の重厚長大・規格大量生産型製造業が経済の牽引役にはもうなれないとした前章に続き、第2章「イノベーション産業の『乗数効果』」では、新しい牽引役として著者が主張する「イノベーション産業」とは何かを眺め、第3章「給料は学歴より住所で決まる」では、地域経済や地域住民の暮らしにとって、それらのイノベーション産業の存在(あるいは不在)がどのような影響を与えるかを見ます。

 

 以下、もう少し詳しく内容を見ます。

 まず、第2章。

 筆者のモレッティが主張するイノベーション産業とは、必ずしもインターネット関連産業やソフトウェア産業だけではなく、非常に多岐にわたり、アメリカでの特許取得件数でみれば、「製薬、IT、化学・素材、科学機器、通信」などがそれにあたると言います。

 

 IT、ライフサイエンス、クリーンテクノロジー、新素材、ロボティクス、ナノテクノロジーなどのハイテク産業が含まれることは疑問の余地がない。しかし、イノベーション系の職は、サイエンスとエンジニアリングに関わる業種の仕事だけではない。―略―すべての人に共通するのは、高度な人的資本と創造の才能を活用していることだ。

(p.68)

 

 一方、これらの産業は非常に特殊な人たちのための仕事で、経済の牽引役にはならないのではないか、という疑問に対して、筆者は次のように答えます。

 

 1つは、停滞する先進国経済の中でも、インターネット産業やソフトウェア産業のような新しい産業は確実に雇用を作り出している、との主張。

 ただし、現在10%程度を占めると推測されるイノベーション産業の従事者が、人口の過半数を超えることもない、と言います。それは20世紀の牽引役だった製造業の従事者が全盛期でも3割程度にとどまったことを考えても現実的ではない、と。

 

 それでもイノベーション産業が経済を牽引するとは、どういうことか。

 

 現代のアメリカで雇用の大半を占める仕事は、「地域レベルのサービス業」だと指摘します。「地域住民のニーズに応えるもので、国内の他地域や外国との競争にさらされることはまずない」、「サービスの生産地以外にそのサービスを『輸出』できない」、「非貿易部門」の産業であり、シリコンバレーですら、こういう仕事についている人の方が多いと指摘します。

 

 ところが、まず、新しい産業であるイノベーション産業に比べると、地域産業は生産性向上の余地がない一方で、イノベーション産業の生産が向上して賃金が上昇すれば、優れた人材を確保するため地域産業も賃金を上昇させざるを得ない。

 

 さらに、ある地域でイノベーション産業の雇用が増えれば、その人たちのニーズを満たすために、タクシー運転手や家政婦、大工、美容師といった地域産業の雇用も増える、と主張します。具体的には、ハイテク関連産業の雇用が1増えると、ハイテク以外の産業でも5増える、とのことです。

 

 「自動車工場ができれば、ウォルマートはその町に進出してくる。けれど、ウォルマートができたからと言って、自動車工場が進出してくるわけではない。」

(p.85)

 

 そして、従来型の製造業に比べ、イノベーション産業はより雇用を生み出す力が強い。

 1つには、高給取りで可処分所得が多いため、美容室やレストランに落とす金が大きい。

 また、従業員だけではなく、企業としてもデザイナーやコンサルタント、警備員などのサービスを使う機会が多い。

 さらに、第3章以降で詳しく述べられるように、1つのイノベーション企業が立地すると、周辺にイノベーション企業が集積することで、イノベーション力が高まるため、より周辺経済への影響力が強まる。

 

 さらに、イノベーション産業の雇用の特徴について、旅行代理店とレンタルビデオ店を例に出して解説します。どちらのビジネスでもオンラインサービスの普及というイノベーションによって確かに多くの雇用が失われているけれども、新しい雇用も生み出されている。筆者の推定によれば、新しく生まれる雇用の方がずっと多い。

 

 問題は、雇用の消滅が幅広い地域で起きるのに対し、雇用の創出がいくつかの地域に集中することだ。―略―アメリカのほとんどの都市で旅行代理店やレンタルビデオ店の雇用が失われたが、雇用が増えた地域は、シアトル、ニューヨーク、サンフランシスコのベイエリアなど、一握りの地域に限られていた。

(p.91)

 

 この辺りは商店街活性化の議論などの際にも、しばしば指摘されることですが、全国どこでも同じものを売っている商売は、イチイチ店舗を構えて従業員を雇うよりも、ネット経由で商売をした方が、はるかに低コストなので、地方からは淘汰されていく。

 

 そして、改めて、グローバル化と生産性向上で、人の頭にあるアイディアが最も貴重な資源となっている、という指摘。

 具体的には、ソフトウェア産業を例に、ソフトウェアの開発には膨大なコストがかかるけれども、その複製にはほとんどコストがかからない。そして、開発コストの大半が優秀なスタッフへの人件費で、それはソフトが売れようが売れまいが発生する固定費で、変動費は極めて小さい。

 

 このようなビジネスをおこなう企業にとって、市場がグローバル化することのメリットは大きい。市場の規模が拡大すれば、コストをほとんど増やすことなく、販売する商品の数を飛躍的に増やせるからだ。

(p.94)

 

 イノベーションを起こすアイディアを持った人は、どうして満遍なく存在せず、特定の地域に集中するのか。

 第3章では、まずアルバカーキとシアトルを例に、この30年間で起きた両都市の変化を見ます。

 1970年代のシアトルは、航空機産業の雄、ボーイング企業城下町だったものの、ボーイングの不振により、現代アメリカの自動車産業集積地のように先行きの見えない、暗い雰囲気があった。そこにアルバカーキで創業した2人の男が地元シアトルに帰ってくる。マイクロソフトビル・ゲイツポール・アレン

 その15年後、ネット通販の企業を興そうと考えた男がシアトルを選んで引っ越してくる。アマゾン創業者、ジェフ・ベゾス、実はアルバカーキ出身。

 

 現在、マイクロソフトがシアトルで雇用する従業員は約4万人。うち技術者が3万人弱。一方、シアトル都市圏の人口は200万人。大企業とはいえ、たった1つの企業が、どうして、これだけ大きな影響を与えられたのか。

 

 答えは、マイクロソフトの周辺に優れた技術者やベンチャーキャピタリストが集まった結果、新しい事業を起こすのに必要な人材や資金の調達が容易だったから。

 このような環境の中で、マイクロソフトやアマゾンのOBたちも、シアトルで次々に新しい事業を起こして、周辺に雇用をつくっていく。

 

 そして、これらの産業集積都市では、これまでの著者の主張のとおり、地域レベルでのサービス業も給与水準が上がっていく。

 ウェイターの平均給与がアメリカで最も高い都市は観光地のラスヴェガス。しかし、2位から5位は、サンフランシスコ、シアトル、ボストン、DCとイノベーション産業集積都市が続く。

 

 ここで少し水を差しておくと、私たちは国家レベル、あるいは世界レベルの経済を論じる必要はなく、あくまでも燕三条地域の自立だけを考えればよいのだから、このラスヴェガス型の都市を目指す、というのも1つの方法である。

 イノベーション産業には高度知識人材が必要、という前提があって、大学や研究機関がないために、そもそも知識人材の獲得にハンディがあるのだから。そしてそれは日本全体がアメリカや中国に対して取る戦略としても、ありうるのかもしれない。

 もっとも、ラスヴェガスの観光産業が、その土地で暮らす貿易不可能な地域産業にどの程度寄与しているか、は観察する必要があるのだろうけど。

 

 本題に戻って、貿易部門が地域に及ぼす影響について。

 

 ボストンやサンフランシスコの弁護士、美容師、マネジャーの能力が、ヒューストン、リバーサイド、デトロイトの同業者より優れているだけなのではないかと思うかもしれない。―略―働き手の資質自体にはあまり大きな違いがない。違うのは、その人が働いている地域経済のあり方、とくにその地域の高技能の働き手の数なのだ。

 (p.124)

 

 アメリカはいま「3つのアメリカ」に分岐しつつある。―略―頭脳集積地では、教育レベルの高い働き手もそうでない働き手も高い給料を得ている。その対極に―略―働き手の教育レベルが低く、労働市場地盤沈下を起こしている土地だ。そして、この両者の中間に、まだいずれの方向に歩んでいくかがはっきりしない都市が多数ある。―略―頭脳集積地の平均年収が高いのは、大卒者が高い給料を受け取っていることだけが理由ではないという点だ。こうした都市では、教育レベルの低い人たちの平均年収も高い。

(p.131)

 

  もしボストンに集まる高卒者がフリントより聡明だったり、野心的だったりすれば、高い給料を受け取っているのは当然の結果ということになる。―略―同じ人物の年収が、その都市にどれだけ高い技能の働き手がいるかによって大きく変わってくるとみなせる。

(p.133-134)

 

 このあたりの議論は、本書の中では少し弱いところのように感じる。ハイテク産業で好況だから周辺産業も活発化する、というロジック自体は否定しないが、それが、どの程度の影響力を持っているかについては、やはり、高卒者でも意欲的で有能な人がハイテク産業都市に集まっている、あるいは、その逆に、能力が不足し、職が得られず、生活困難な人たちはその町から退場しているのではないか、という疑問に対する回答としては説得力が弱い気がする。

 

 ともあれ、

 

 公式・非公式の人的交流が盛んになると、知識の伝播が促進される。そうした知識の伝播は、都市や国家の経済成長を牽引する重要なエンジンと考えられている。―略―人と人が交流すると、その人たちはお互いから学び合う。その結果、教育レベルが高い仲間と交流する人ほど生産的で創造的になる。教育レベルの高い人に囲まれているだけで、経済的な恩恵を受けられるのだ。

(p.135)

  

 今、アメリカ各都市ではイノベーション産業の集積率を示すと考えられる特許の取得件数、教育レベルを中心として格差が広がり、それと相関性をもって健康、平均寿命、離婚率、政治参加、非営利事業への参加度、犯罪の発生率などに関して、保守的かリベラルかという政治的態度や人種に拠らず、2極化が進んでいる、という。

 

 次回、第4章ではイノベーション産業の集中のメカニズムについて、さらに詳しく掘り下げるようです。 

 

年収は「住むところ」で決まる  雇用とイノベーションの都市経済学

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