
はい、こんにちは、新潟県三条市の旧市街・本寺小路の片隅でクラフトビールの店をやってる、いけのです。
- 1 若年層流出の現状認識
- 2 支援制度だけでは人は来ない
- 3 城の消えた町
- 4 現代の三条に残る“自由精神”
- 5 口は悪いが人も悪い
- 6 三条に向く人、向かない人
- 7 それでも三条を選んでいただけるなら
- 8 あとがきにかえて
1 若年層流出の現状認識
“They say "the good die young", no use in saying "what is done is done".”
(善人ほど先にいなくなる──起きてしまったことを嘆き続けても意味はない)――― Architects "Doomsday"
表題の移住について、前の仕事の絡みもあって、たまに人から訊かれることがあります。まあ、他の地方都市と同じように若年層の流出は三条市にとっても課題です。

上のグラフは2020年(令和2年)の国勢調査(オレンジ)と、その10年前、2010年(平成22年)(青)の5歳階級別の人口比較。2020年時点での同年齢集団(コーホート)を比較するため、2010年の年齢を10歳ずつズラしています。つまり、2010年の三条市民が引っ越しもせず三条に生き続けていれば2020年にはこのくらいいたはず、という幻想のグラフ(青)と、現実(オレンジ)の比較。
2020年の20-24歳が約3300人、25-29歳が約3600人、合計7千人と他の年代に比べて大幅に少ないのが分かります。10年前の2010年には10-14歳が約4900人、15-19歳が約5100人、合計1万人いたのに。3割、3,000人くらい流出してる。
つまり、高校を卒業すると、大学進学なり、就職なりで出て行って、(しばらく)帰って来ない*1。あるいは出て行った人たちの代わりに入って来る人が少ない。そして、この年代が不在のままだと、次の世代の子供たちも生まれてこない。
それでは、ここで1曲、Architectsで、"Doomsday"です。
2 支援制度だけでは人は来ない
“Before the truth will set you free, it will piss you off.”
(真実を知ってお前が自由になる前に、お前はきっとうんざりする)――― Bring Me The Horizon "Mantra"
ここまでは全国の地方都市でどこでも共通の課題。
じゃあ、どうやったら若い人たちが三条に引っ越してくるのか。あるいは、どういう人たちに引っ越してきてもらうべきか。
そのときに行政の仕事だと、どうしても「制度」の話になりがち。
子育て支援、移住支援金、空き家紹介制度、家賃補助とか。もちろん大事だし、あれば助かる人でもいるでしょう。
ただ、どこの地方都市も同じ課題を抱えていて、しかも財源は限られている中で、制度だけで人が来ますかっつう話。だって、制度は、他の自治体でうまく行ってそうだと思えば、やる意志さえあれば*2、だいたいどこの自治体でも用意できてしまうから。
ってことは、三条出身の人間であれ、他の街からI、Jターンしてもらうのであれ、他の街が真似しようと思っても、簡単に真似できないところを訴えるべきだし、それが刺さる人に来てもらえばいいと思うんですよ。
他の街が真似できないもの。
それって、まずは「歴史」なんじゃないですかね。長い時間の中で積み上げてきたもの。後から設計できないもの。うちの街に特有の空気みたいなものがあるとして、それって結局、歴史の積み重ねから生まれてくるのではないでしょうか。
三条という町を語るとき、私はよく「町人の街」という言い方をします。郊外や農村部の皆さんにはスミマセン。特に平成の合併で市域が広がってしまったからね。
でも、まあ、三条に移住してくる人の街との相性は、大抵の場合、市街地、つまり、一中・二中・三中学区(に住んでる連中)との相性の良さで決まるんじゃないでしょうか。
つうか、農村部は全国どこにでもあるからさ。いや、俺がもっと農村部にも精通していれば、「三条の郊外は全国の田舎とはここが違う!」とか言えるのかもしれませんけど、少なくともそれは一中出身の俺の仕事ではない。
次の曲です。Bring Me The Horizonで"Mantra”。
3 城の消えた町
“We're just two lost souls swimming in a fish bowl, year after year.”
(金魚鉢をずっと泳ぎ続ける──二つの迷える魂)――― Pink Floyd "Wish You Were Here"
さて、「町人の街」としての三条の歴史を振り返ってみましょう。
三条は、江戸時代の初期*3に城主不在となり、しばらくして廃城となりました。南北朝時代から戦国を経て、関ケ原の合戦のあたりまでは、越後でも政治的・軍事的・経済的に枢要を占める地位にあった町から、突然、政治の中心が消える。武士の消えた町、支配者階級の消えた町で、誰が町を回してきたのか。誰が意思決定してきたのか。誰の価値観が、町の正しさになったのか。
よく「日本人らしさ」の話になると、サムライだとか農耕民族だとか言って、武士や農民が例に出されます。たしかに、武士も農民も日本社会の重要な基盤ではあります。
しかし、江戸初期から数百年、三条では武士も農民も主役ではなかったのです。武士が消えた町で、前に出てきたのは商人と職人、つまり町人たち。上から与えられる秩序ではなく、現場で回る秩序が三条の町を回してきました。
自分としては三条の「街としての個性」、アイデンティティは「町人の街」にあると思います。所属する集団の中で周囲に迷惑を掛けないかとか、他人にどう評価されるかよりも、個人事業主たちが、自分の生業にプラスになりそうなこと、面白そうなことをとりあえずやってみよう、という感覚。
1623年から積み上げてきた歴史は単なる過去の話ではなく、今も息づいているのではないかと思うのです。
次は古い曲。最近50周年記念盤が出ましたPink Floyd "Wish You Were Here"アルバムから表題曲を。
4 現代の三条に残る“自由精神”
“All I want is a place to call my own.”
俺はただ自分の場所と言える場所があればいい――― A Day To Remember "All I Want"
移住に当たって、もちろん仕事は重要です。商人と職人がつくってきた三条には今も大きな産業が残っています。いや、巨大企業しかイメージできない人には「大きな産業」には見えないかもしれないけれど。
三条は大企業の城下町というより、中小零細の工場やメーカーが積み重なっている製造業の街です。それなりに最終製品を持つ会社も多いし、部品だけを作っている工場や加工だけを請け負う工場の層も厚い。こういう製造業の現場で働きたいって人には選択肢は色々とあると思います。
一方で「商人」の存在も忘れてはいけません。三条は金属加工の街として知られるようにはなったけど、モノを作るだけでは仕事は成立しない。消費者は何を求めているかを考え、何をこの街で作れるか企画し、実際に工場で形にしてもらい、消費者への印象を考えてパッケージングを施し、消費者に届きそうな売り場を探して、売り場での反応からまた企画を更新する。そういう循環を担う人たちもこの街にずっといたし、今もいます。
製造の現場と市場の間を往復できる人材はいつの時代も貴重だし、実際この分野の才能は、三条において今も、あるいは今だからこそ強く求められています。全国で中心市街地の商店街に並ぶ個人商店が絶滅の危機にさらされ、郊外の大型店には安価な海外製品が並ぶ時代に、リアルであれ、オンラインであれ、どんな売り場にどんな商品をどんな価格帯で並べるべきかを想像し、調整できる人材が。
あるいは既存の企業に就職するのではなく、そういう企業を相手に新しい仕事を立ち上げる、という道もありえるでしょう。現代の日本で機械を導入して製造業の工場を新規に立ち上げるのは中々、現実的ではないけれど、どんなものを作ればいいかを企画・設計・開発するとか、どんな魅せ方をするかをWebや動画で発信していくかとか、実際に売れそうな売り場を探してくるとか。
もちろん、就職するにせよ、新規事業を自分で立ち上げるにせよ、三条に仕事の基盤があるからといって、親切に道が敷かれているわけではありません。むしろ「面白い」ことを優先する町では、あなたが面白い人だと、面白いことを成し遂げられる人だと自分で説明し、説得する必要がある。あなたの存在が、相手にとってどんな価値を与えられるのか。
それに、三条も昔に比べて資本の集積は進み、個人事業主は減って、中小企業が増え、給与所得者が増えています。中には消費者的なマインドで、自分が社会に何をなせるかではなく、社会から何をしてもらえるか、という発想でしか生きていない人もいます。
とは言え、経営者を中心に、「町人的精神」はまだ残っているとも思います。他者からの評価や世間の評判よりも、自分が面白いと思ったこと、やりたいこと、きっと世の中に価値があるはずだと信じられることを優先する。
ある意味でわがままな自由精神。そういう人が一定数生き残っていて、しかもその気質が「異物」として排除されないのが三条の市民性ではないでしょうか。歴史の中で、町人たちが個別最適を追求してきた結果、正しさを一つに決めるのではなく、「変」な人やものを許容する余地。
ただし、この自由を尊ぶ精神は場合によっては「ワガママ」や「傲岸な態度」にも映るし、優しさとは別物です。
それでは本日4曲目、パンク/ハードコア/メタル界隈からゲストが多数出演するA Day To Rememberの"All I Want"です。
5 口は悪いが人も悪い
“I’m not anti-social, I’m anti-bullshit.”
(世の中が嫌いな訳じゃない、欺瞞が嫌いなだけ)――― While She Sleeps "Anti-Social"
聞くところによると江戸っ子は、「口は悪いが、人はいい」らしい。三条の場合はどうでしょう?
少なくとも三条弁になじみのない人にとっては、最初はキツく感じることが多いと思います。三条は方言の響きが強く、言葉の選び方もストレートな人が多い。普通に話している言葉づかいでも、「怒られている」と感じてしまうこともあるらしいです。
たとえば、三条人の一般的な二人称は「おめぇ」です。「おめぇ」を標準的な日本語に翻訳すると「お前」ではなく、「あなた」に相当します。あるいは「君」。しかも、大抵の三条人は「あなたね」の意味で「おめぇやぁ」と言う*4。
「あなたがやればいいのに」を三条語に翻訳すると「おめぇがやれや」になり、それはせいぜい「君がやりなよ」くらいのニュアンスではあっても、決して「お前がやれ」の意味ではない。
時代の変化で、若い人ほど方言は減ってきているし、言葉の選び方も柔らかくはなってきてはいます。
ただ、この街の荒っぽい言葉遣いは間違いなく、この街の「文化」の一部であって、これはどちらが正しいか、という問題ではなく、容認できるかどうか、という問題です。こればかりは慣れるしかないのだと思いますが、すべての人が慣れることが出来るのか、ネイティヴの私たちには分からない問題です。
むしろ、あなたが三条にやってきて「あなた」とか「君」と呼ばれている間は、まだあなたは外から来た客人扱いされていて、本当の意味でコミュニティに歓迎されていないのかもしれない。
それでは次の曲です。While She Sleepsで"Anti-Social"。
6 三条に向く人、向かない人
“If you choose not to decide, you still have made a choice.”
(決めないことを選ぶ──それ自体もまた、ひとつの選択だ)――― Rush "Freewill"
前でも述べたように、三条でも街うちと郊外、農村部で価値観が違うし、街なかの経営者層でも個人差は相当あります。とはいえ、江戸時代から城がなく商工業者が中心にいたこの街の市民性には明確な傾向がありそうです。
三条への移住を考えるときに、「暮らしやすさ」よりも「価値観」が問われるのではないでしょうか。万人受けする街ではなく、三条に向く人と向かない人は、かなりはっきり分かれるのだと思います。
三条に向くのは、おそらく、他人の評価より自分の納得を優先できる人。自分で仕事を作る意識がある人。試行錯誤が苦にならない人。人間関係を、急いで完成させようとしない人。人の親切さを言葉で確認しなくても、行動を見て判断できる人。こういう人にとって三条は、息がしやすい街になりうるでしょう。
逆に三条に向かない人を考えると、行政や制度が道筋を示してくれると期待している人とかにとってはキツいかもしれません。すぐに結果や承認が欲しい人。地方は都会より優しいはず、というイメージを持っている人。人間関係は最初から温かくあるべき、という前提が強い人。
こういう人が三条に来ると、苦労するかもしれません。
三条が「登場人物全員悪人」の街だから、なのではなくて、多分、相性が悪い。多分。
ここで再び古い曲をお送りします。故ニール・パートの哲学的な歌詞も趣深い、Rush の"Freewill"。
7 それでも三条を選んでいただけるなら
“If it's a war you came to see, you will never see a waved white flag in front of me.”
もしも戦いを見に来たのなら、俺が白旗を上げるところを見ることはない
――― The Ghost Inside "Engine 45"
三条は今のところ万人向けの街ではない。むしろ、万人向けの街ではないことこそが、三条の価値であり、今後、選んでもらえる可能性を持っているのではないでしょうか。
補助金だとか移住支援制度だけを比べて選ぶなら、三条より条件のよい街はいくらでもあるかもしれない。でも、街の空気や人の距離感、仕事の手触り、自由の濃さ――そういうものを含めて街を選びたい人にとって、三条は候補になるかもしれません。
「三条は冬は寒いけれど人は温かくて、とってもいい街なので、是非、移住してきてください」とは私は、とても言えない。合わない人には合わない、と言っておきます。
まあ、それでも三条に興味を持ってもらえたら、まずは旅行とか、工場見学とか、本寺小路の飲み歩きとか、一度、三条に来てみて、街の雰囲気を、町の会話のビートと温度を体験してみてください。
うちの店も運がよければ、そういういかにも三条っぽいオッサンとの出会いを提供できるかもしれません。まあ、でもパンデミック後はマジでヒマなので私しかいなかったら、スミマセン。
それでは最後の曲です。The Ghost Insideで"Engine 45"。
8 あとがきにかえて
この文章は、ChatGPT 5.2を使用して書いています。具体的な作業は下記。
・頭の中でぼんやり考えているいくつかの論点をChatGPT 5.2に投げて整理、過不足を確認(2~3往復)
・論点を網羅できたので話題の順序を整理させる
・順序に従ってドラフトを書かせて*5、ブログにコピペ
・冒頭のグラフづくり…はGPTはイマイチで、ヒントだけ貰ってExcelで作業
・一旦、記事を離れてブログのテーマ曲候補を選ばせる
・候補曲選定作業をBGMにしつつ、本文ほぼすべてを塗りつぶすように上書き
・書き直し後の全体の構成やトーンをチェックさせ、自分でも読んで微調整
・BGM候補曲の確認と対応するセクション、引用する歌詞の選定*6
・ヘッダ画像の生成*7
本当は2025年内にアップロードして、年末年始のヒマなときに皆さんに読んでもらおうかと思ったんですけど、26年にズレ込んでしまいました。まあ、参考になる人がいれば幸いです。









