どうも。新潟県三条市の中心部、「本寺小路」でクラフトビールを中心とした飲食店「Beerhouse³」を、とりあえず何とか営業しております店主いけのです。
すごい本を読み始めたので、まだまだ序盤なんだけど、とりあえず、ここまでの感想を書く。
トッド・ローズとオギ・オーガスの共著、「Dark Horse 「好きなことだけで生きる人」が成功する時代」という。
ちなみに、原著の副題は「Achieving Success Through The Pursuit of Fullfilment」(満足感の追及によって成功を収める)。
「ダークホース」、競馬の穴馬。誰もが到底勝ちそうもないと思っていた馬が予想に反して勝利を収める、ということで、これからの時代に成功するのは、エリート街道を歩む人ではなく、自分の興味をドライヴさせた人だ、という本。
しかも、それが型破りな珍しい成功物語、ではなく、これからの時代は汎用性の高い普遍的な方法になっていくのだ、と主張する。
ハーヴァード大学の教育大学院でのプロジェクトの成果をまとめたものらしい。
たとえば、本書の冒頭で典型的として紹介される天文学者の経歴は次のとおり。
実はジェニーは、大学どころか、高校すら卒業していない。
(略)
十五歳のとき、ジェニーは高校を中退し、 馬小屋掃除の職についた。 それからまもなく、母親がジェニーを置いて家を出て行き、 やむなく自立しなければならなくなった。 高校卒業認定試験を受験したが不合格に終わる。 二十一歳になる頃には、母と同じくシングルマザーになり、幼い息子を育てるために、ファストフード店でウェイトレスとして働いた。 控え目に言っても、 将来の見通しは暗かった。
その後、ジェニーに転機が訪れる。
二十代半ばのある日、ジェニーは親戚の家に泊まりに行った。(略) 「今でもはっきり覚えているわ。 夜露に濡れた草に寝ころんで、双眼鏡で空を眺めたの。とにかく『うわー、なんてすごいの!』としか言葉が出なかった」とジェニーは思い出を語る。
「夜空に広がる無数の星に圧倒されてね。 一瞬で私は夢中になってしまったの! 星のことなんてまるっきり何も知らなかったけど、どうにかしてもっと知りたいって思ったのよ」
この「星の啓示」に突き動かされ、ジェニーは天文学について学び始める。 科学的な知識も 教育的なバックグラウンドもほとんどない状態からのスタートだったが、根気よく学び続け、 しだいに大型の望遠鏡を使って正確な観測ができるようになった。
独学を十一年間続けた末に、一九九九年、ジェニーは自宅のテラスにドーム型の天文台をつくる。廃棄された器具や錆びついた部品を寄せ集めてつくった、裏庭の「ファームコープ天文台」の誕生だ。
そして、この天文台の完成から五年後、ジェニーは「重力レンズ効果」と呼ばれる現象を活用した高度な観測技術を取り入れ、木星の質量の三倍もある太陽系外惑星を観測した。こうして、ウィリアム・ハーシェルが一七八一年に天王星を発見して以来、アマチュアとして初めて新惑星発見の快挙を果たしたのだ。 (p.20-22)
現代の教育は、軍隊や大量生産の工場労働者を量産するための規律を与えることが優先され、その他の資質や能力がなおざりにされがち、という指摘はよく耳にする。
著者らの主張によれば、これは結局、規格大量生産の時代の、T型フォードに代表されるような、「標準化」の仕組みが教育、つまりは物づくりだけではなく、人づくりにも適用されただけの比較的、新しい仕組みに過ぎない、という。
ちなみに、多くの国でも軍隊、つまり戦争する権利は、かつては貴族階級にのみ認められた特権で、国民皆兵制が敷かれたのは近代以降、農業の効率化による人口余剰と規格大量生産による銃火器の普及による。エリート軍人一人よりも、火器を持たせた素人を大量に用意した方が軍事力で勝る、ということだ。
著者らによれば、現代における成功の定義すらも、この標準化の産物だという。
すなわち、目標を定め、登る山の頂を目指して脇目も振らず努力を重ねれば、やがて頂に到達し、山頂からの景色が満足感を与えるのだ、と。
しかし、現代社会で、この山の頂まで到達できる人がどれだけいるのか。また、はたから見れば山頂に上り詰めたように見える人でも、時折、満足していなさそうなのは、なぜなのか。
著者らは、このような成功モデルは既に賞味期限を迎えた、と言う。新しい成功モデルが必要なのだ、と。
…というような主張が今、読んだ前半4分の1(320ページのうち80ページ)くらいまでの内容。
個人的には、こういう考え方で救われる人もいるとは思うのだけど、大半の人たちには厳しい生き方ではないのか、という印象があります。
あと、この10年くらい、こういう何者かになろうとして何物にもなれない人たちを食い物にする、カルトじみた「ビジネス」(笑)みたいなものもネット上でよく目にするし。
…と、そんなことを思っていたら、山形浩生さんのこのようなツイートおよび前後の一連の連ツイを見かけ。
あと、やりたいことをみんなができるようにしたい一方で、やりたいことがある人間はむしろ少数エリートで、たいがいの人は、好きなことやれと言われて何も思いつかない、付和雷同で安心するしかできない連中なので、レール設定は必要だけど、それを外れる道も残して、と。むずかしいなあ。
— Hiroo Yamagata (@hiyori13) 2021年9月18日
その一方で、山本一郎さんが紹介する、この元Jリーガーの方のnoteを見るなどして。
流れてきてうっかり読んだら涙が出た
— 山本一郎(Ichiro Yamamoto)🐱 (@Ichiro_leadoff) 2021年9月19日
なんてことを書くんだ
元プロサッカー選手がサッカーを辞めて思うこと|元J|note https://t.co/80vN5lkuCK
サッカーができることでちやほやされてきたけど、プロになったら当たり前に下っ端で評価されず、でも、けなされることが怖くて本気で取り組めなかったけど、割り切って挑戦してみたら、意外と結果につながった、みたいな話。
しかも、やりたいことを追求する人は、組織の中で活かしづらいけど、それを活かす試み、という点で、こないだハフポストから流れて来た、Googleの人材戦略ってのも、こういう文脈で読めるのかも、と思うなど。
とりあえず、「ダークホース」、もうちょい読み進めます。