珍しく(!)ビールの記事も書くよ! てことで、新潟県三条市でビール屋やってる、いけのです。どうも。
1997年に創業した阿賀野市のスワンレイクビールさんが、26周年を記念して醸造したビールのスタイル*1がコールドIPAってことで、ちょっとしたマトメ。
コールドIPA。パンデミック前、日本でヘイジーがはやり始めた頃、アメリカから「ヘイジーの次に来る!」と伝わりながら、いまだ日本では火が付いた感じはしないまま、定義もよく分からない新しいIPA。
普段、ビールの解説はSNSとかだけで書きがちなんですけど、長くなりそうだったので、こちらで。
リラプス・レコード
とりあえず、コールドIPAについての日本語の既存記事としては、ビアジャーナリスト協会さんの記事が一番、マトマっている感じ。あるいは、当然、言ってる内容はほぼ同じだけど、ビール女子さんのとか。この記事の最後に両方のリンクを貼っておきます。
コールドIPAの誕生は、2018年、アメリカ西海岸、オレゴン州ポートランドのウェイファインダー醸造所が、アメリカのレコード・レーベル、リラプス(Relapse Records)とのコラボビール*2を醸造したことに始まります。
さて、いけのの記事の特徴ですが、いきなりビールと関係ない話に大幅に脱線します。
リラプス・レコード!
1990年に創業したエクストリーム・メタル界隈では既に老舗のインディ・レーベル!
90年代末のアメリカ、メタル「死」の時代にその牙城を守って、ゴリゴリ、グチャグチャのデスメタル、グラインドコアに加えて、当時、最先端の音楽ジャンルだったメタル寄りのハードコア、メタルコアの勃興にも大きく寄与した印象。
それこそ、Beast Feastが開催された2001年頃は、主催のハウリング・ブルさんとも提携していて、国内盤もよく見かけたんですけど、まあ、最近は新興レーベルも増えて、あんま見かけない。
今、誰がいるんだっけ、とカタログ見てたら、そういえば、アメリカン・シューゲイズのNothingが所属してるのか!
いや、シューゲを主食にしてる人からしたら、「これはシューゲじゃなくて、メタルだろ」という話になるかもしれんけども、そりゃリラプス所属ですからね。逆に、このくらいメタル/ハードコア要素、ヘヴィネスがないと自分は飽きる*3。
Wester than West Coast
取り乱しました。ビールの話に戻ります。
重要なことは、このビールが生まれた狙いとして、「最先端を切り開くエクストリーム」ってコンセプトがあるってことですね。
リンクはコレも下に貼っておきますが、ウェイファインダーご本尊による解説(拙訳)。
We were trying to make something with the elements of West-Coast IPA but taken to the extreme. We wanted something drier with excessive hoppiness but a cleaner finish. Frankly, we tried to make a style of beer that could showcase American hops in a new way. Cold IPA hits with a strong punch of aromatic hop intensity and high bitterness but finishes crisp and clean leaving the drinker craving another sip. It’s Wester than West Coast.
(ウェストコーストIPAの要素はあるけど、もっとエクストリームに振り切ったものを作ろうとした。もっとドライで、ホップの香りはしっかりあるけど、もっとスッキリした後味のものがいいと思ったんだ。ハッキリ言えば、新しい形でアメリカ産ホップの魅力を紹介できるようなビア・スタイルを作ろうとした。コールドIPAは、飲み初めにアロマホップの強烈なパンチが来て、しっかりとした苦味があるけど、後味はすっきりさっぱりして、もう1杯飲みたくなる。ウェストコーストよりもっと西を目指したんだ。)
「ウエストコーストより西」というコンセプトに関連して、この後の段落では「NE-IPAに対するアンチテーゼ」とも明言しています。
NE-IPA。いわゆる、ヘイジー、濁ったヤツですね。カリフォルニアやオレゴンといったアメリカ西海岸で生まれたウエストコーストIPAに対して、アメリカ東岸、ニュー・イングランド(NE)地方で発展したスタイル*4。
ウェイファインダーがコールドIPAを作った2018年ころは既に東海岸だけでなく、全米で人気になり、日本でも徐々に紹介されはじめていて、ヘイジー、NEの他、イーストコーストIPAという呼ばれ方をされることもありました。
クラフトビールの勃興以来、長年、その人気の中心にいたウエストコーストIPAは柑橘感をはじめとする強烈なホップの香りと苦みを特徴としていました。
それに対して、東海岸のIPAはより多様なホップの香りを強調しつつも、小麦やオート麦を使って柔らかな口当たりで苦みを抑える。
日本でも、この香りがきれいで柔らかなIPAがクラフトビール全体の客層をさらに押し広げたことは間違いないと思います。
ただし、ヘイジーにも否定的な意見はあって、苦みを抑えた柔らかな口当たりの代償として、後味がもっさりと重たく、パイントの途中で飲み飽きてしまうものも多い。
コールドIPAは、それに対する、さらなるアンチ。
ホップの香りは最大限引き出すけど、ウエストコーストよりもさらに西、上の文章でも用いられている「crisp and clean」、スキっとさわやかな後味で飲み続けられるビールを目指す、と。
ホップのキャンバス
ウェイファインダーはコールドIPAの作り方や特徴も紹介していますが、特に重要なのは以下の2つかと思います。
まず、モルト。
アメリカン・ラガーの構成を参考に、ピルスナーモルトに副原料としてコメやコーンを加えて、ボディは軽くドライに仕上げる。
次に酵母。
本来、低温で発酵させるラガー酵母を高温で発酵させることで、発酵にともなう香りを抑える。エステルなどの発酵にともなう香りが抑えられるのであれば、エール酵母で発酵させてもよい。「コールドIPAはホップのキャンバスだ」。
まとめ
個人的には、コールドIPAはまだまだ様々な試みが行われながら発展途上のスタイルで、このオリジネイターであるウェイファインダーの考え方があるだけで、それ以外には今のところまだ明確な定義もない、という印象です。
ただ、このウェイファインダーが示した道から各醸造所が狙っているのは、ホップの香りを最大限、引き出すためにとにかく余計なものを徹底的にそぎ落とした、重くならないIPA、という辺りに落ち着いていくのかな、と思うところです。
最初にコールドIPAという名前を耳にしてから、あまり見かけないまま消えていくジャンルなのかな、とも思っていましたが、そろそろ改めて注目を集め始めるんでしょうか。ちょっと期待したいところです。
ところで、ラガー酵母を使ったIPAっぽいビールとして、IPL(インディア・ペール・ラガー)もありますが、コールドIPAとは何が違うのか? 今の時点では、単に造ってる人たちの主観の問題じゃないですかね。
メタルコアがここまで普及した現代でメタルとハードコアの違いは、本人たちが自分たちをどっち側のバンドだと思うか、みたいな。もちろん明確にそのバランスを志向すれば、その思想が音楽性にも出るし。
IPAの要素を取り入れてるけど、あくまでラガーとして作ればIPL、スキっとさせるためにラガーの要素を取り入れてIPAを作ればコールドIPA、みたいな感じなのかな、と個人的には考えています。
参考リンク
今日のヘッダ画像はStable Diffusion XL先生による「アルフォンス・ミュシャ風、湖で泳ぐ2羽の白鳥」です。2羽って言ってるのに、わりと増えがち。1羽描かせて画像処理ソフトの反転機能で線対称の2羽にすればよかったのか…?
記事はこれで終わりですが、課金制度の実験のため投げ銭的に課金部分を用意しておりますので、100円くらい投げてやるよ、という方は下から是非。
*1:ジャンルね
*2:コラボじゃなくて、一方的に敬意を表しただけ?
*3:ポストメタル、ポストハードコア、メタルゲイズに分類されてもよさげだけど、海外では普通にシューゲとして紹介されている模様
*4:アメリカ文化に詳しくないと日本では中々耳にしないんで誤解するのも無理もないのだけど、イングリッシュIPAの新しいスタイル、ではなくて、ニュー・イングランド地方で生まれたIPAです